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大阪地方裁判所 平成7年(モ)4264号 決定

申立人(被告)

株式会社文藝春秋

右代表者代表取締役

田中健吾

安藤満

申立人(被告)

設楽敦生

申立人(被告)

河﨑貴一

右申立人ら訴訟代理人弁護士

古賀正義

吉川精一

喜田村洋一

小野晶子

二関辰郎

相手方(原告)

智有蔵上人

右訴訟代理人弁護士

阪井紘行

片山登志子

右阪井紘行訴訟復代理人弁護士

西田広一

主文

本件移送の申立てを却下する。

理由

一  申立人らは、以下のように主張し、本件を東京地方裁判所に移送する旨の決定を求めている。

1  本件は、申立人会社発行の雑誌「週刊文春」に掲載された記事により相手方の名誉が毀損せられたことを理由として、相手方が申立人らに対して不法行為による損害賠償請求権に基づき慰謝料の支払等を請求するものであるが、申立人会社の行った行為は、「週刊文春」を発行し、それを取次業者に卸したことに止まるのであって、その後、「週刊文春」が大阪府内で発売頒布されたのは前記取次業者ないし販売店の行為であるから、相手方の主張する不法行為(社会的評価を低下させる記事を掲載した週刊誌の発行)は東京都内においてなされたものであり、大阪府は不法行為地ではない。後記の相手方主張のように出版物等の発売頒布行為まで不法行為を構成するということになれば日本全国で発売頒布されている週刊誌等の定期刊行物での報道による名誉毀損のような事例においては、日本全国の裁判所が管轄権を有することになり、被告は原告が恣意的に選択した裁判所での応訴を強いられることになるが、これは裁判管轄を認めた趣旨に反する。このように、本件訴訟における不法行為地は東京都内であり、申立人会社の所在地並びに申立人設楽及び同河﨑の住所地はいずれも東京都内にあり、相手方の住所地は兵庫県西宮市にあるから、本件訴訟の管轄権は当裁判所にはないというべきである。したがって、民事訴訟法三〇条一項により、管轄権を有する東京地方裁判所に本件訴訟を移送する必要がある。

2  仮に本件訴訟の管轄権が当裁判所にあるとしても、証拠調べが必要になると予想される関係者(久保俊彦、小松毅史、阿部道生、阿部涼子、申立人設楽、河﨑、相手方本人)のうち久保及び相手方本人を除く関係者が主として東京地区又はその近辺に居住しているのであるから、本件訴訟について著しい損害又は遅滞を避けるため、民事訴訟法三一条により、本件を東京地方裁判所に移送することが相当である。

二  これに対して、相手方は、以下のように主張する。

1  管轄違いの主張に対しては、不法行為を構成する行為の一部でも存在する限り民事訴訟法一五条にいう「其ノ行為アリタル地」に該当するものということができるところ、「週刊文春」の発行行為のみならず発売頒布行為もまた不法行為の一部を構成するものであるから、同週刊誌が大阪地方で頒布された本件においては、当裁判所に管轄権があるといえる。

2  民事訴訟法三一条による移送の主張に対しては、本件において証拠調べとして予想されるのは、久保、小松の各証人尋問、申立人設楽、同河﨑及び相手方の各本人尋問であり、小松はどこへでも出かけて証言すると広言していること、久保は福岡在住であり東京よりも大阪のほうが時間的にも経済的にも軽負担で済むこと、申立人設楽及び同河﨑は申立人会社の社員として本件出版行為に関与した者である以上、この程度の不利益は甘受すべきであること、本件が東京地方裁判所に移送された場合、相手方や相手方代理人が費やす交通費などの負担比重は大手出版会社である申立人会社の比ではないことから、当裁判所で本件訴訟を審理したとしても申立人らに著しい損害を生じたり訴訟進行が著しく遅れるとはいえないので、移送は認められない。

三1  そこで、まず、管轄違いに基づく移送の点について検討すると、本件訴訟は、申立人会社発行の「週刊文春」に掲載された記事により相手方の名誉が毀損されたことをもって不法行為とし、申立人らに対して損害賠償等を求めるものであるが、不法行為に関する訴えの裁判管轄について定めている民事訴訟法一五条にいう「其ノ行為アリタル地」とは、不法行為の実行行為がなされた土地とその結果が発生した土地の双方を含むものであり、日本全国で発売頒布される週刊誌等の定期刊行物の発行による名誉毀損等の不法行為の場合のみ別個に考えなければならない理由はない。本件訴訟において、相手方は、右週刊誌が発行、発売、頒布されたことにより精神的損害を被ったと主張しているのであるから、右週刊誌の発行行為のみならず発売頒布行為も不法行為の一部を構成するものというべきであり、このことは、申立人ら主張のように右の発売頒布行為が取次業者及び販売店を介して行われたとしても何ら左右されるものではない。そして、「週刊文春」が大阪地方において頒布されたことは、申立人らも自認するところであるから、当裁判所は本件訴訟の管轄権を有するものということができ、申立人らの管轄違いに基づく移送の申立てを認めることはできない。

2  次いで、民事訴訟法三一条による移送の点について検討すると、本件訴訟において現時点で予想される証拠方法としては、書証のほか、久保俊彦及び小松毅史の各証人尋問、申立人設楽、同河﨑及び相手方の各本人尋問程度であり、本件事案の内容からすれば、右のほかに多人数の人証の尋問が必要であるとは考えられず、当裁判所が本件訴訟を審理した場合であっても、証人の出頭確保が特に困難であるとか、これに要する費用及び証人の負担も許容できないほどのものとなるとは考えられない。以上の事実に加えて、相手方本人は西宮市在住であることを考慮すると、当裁判所で審理することによる申立人らの損害が東京地方裁判所で審理することによる相手方の損害を著しく上回るとまでは認めることができず、また当裁判所における審理が著しく遅滞するということもできない。

したがって、民事訴訟法三一条により本件訴訟を東京地方裁判所に移送すべきものと認めることもできない。

四  以上のとおり、民事訴訟法三〇条又は三一条に基づき本件訴訟を移送すべき場合に当たるものと認めることはできないから本件移送の申立てを却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官鳥越健治 裁判官小林昭彦 裁判官山門優)

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